『日経研月報』特集より

地域創造と金融

2025年4-5月号

大田 弘子 (おおた ひろこ)

政策研究大学院大学 学長

お金の使い方と時間の使い方をみれば、その人の人となりが分かるという。日常生活で行うさまざまな選択の背後には、分かちがたくお金の流れがある。同様に、企業の活動は資金の流れで把握することができ、あらゆる政策は予算を伴う。
その意味で、社会が抱える課題への取組みを、金融の側面から捉え直してみるというのは、たいへん興味深く、有意義な試みだ。PFIやESG投資など、金融の新たな手法が生み出されるということは、社会課題への新たなアプローチが生まれるということでもある。
私が学長を務める政策研究大学院大学(GRIPS)では、地域が抱える課題に金融面からアプローチする「地域創造・金融コース」が、日本政策投資銀行の寄附講座として、この4月にスタートする。政策の担い手が拡大し、高齢化や環境問題などの社会課題においては、企業やスタートアップもまた重要な担い手となっているいま、このコースが始まることの意義は大きい。
大学の名前が示すように、GRIPSは政策研究・教育に特化した大学院だけの大学である。学生の多くは政府関係者で、全体の6割を占める留学生は50以上の国々から集まっている。日本人学生は、中央省庁、地方自治体、民間企業、メディアなどから集まっており、「地域創造・金融コース」は日本人を対象に行われる。
さて、地域再生の手法は、時代とともに大きく変わってきた。高度成長期には、市街地再開発や土地区画整理のように大規模な都市開発がさかんになされた。高齢化が進み、人口が減り始める時代には、より小規模かつ柔軟に、駅前や商店街など既存の街並みを活かしたまちづくりが行われるようになった。
これに伴って、財源も、税や建設国債から民間資金へと広がってきた。PFIなどのように民間資金が公的事業に入るようになると、変わったのは単に資金調達手法だけではない。民間企業による事業リスクの評価やノウハウの導入が行われることになり、これが公共事業の性格を変える効果をもつようになった。
最近では、政策領域に民間の投資を呼び込むインパクト投資や、目的を持続可能な社会づくりに限定したサステナブルファイナンスなど、官民連携の金融手法はさらに広がっている。これによって、事業対象も、従来のまちづくりや箱モノから、ヘルスケアや環境対策など、地域のより広範な社会課題へと広がってきている。
新たな金融手法の導入はいまだ一部の事業にとどまっているとはいえ、社会課題の性格に応じた資金調達が可能になってきたことは、重要な意味をもつ。インパクト投資を例にとれば、社会的リターンと経済的リターンのどちらをどれだけ重視するか、ニーズの異なる投資家をどちらも呼び込むことが可能であり、これは、本来は政府が担うべきリスクが大きい事業から民間でも担いやすいリスクの小さい事業まで、広い範囲でこの金融手法を使えるということを意味する。
このような金融手法がもっと広がっていけば、政府として取り組むべき課題か、民間の創意を活かすことでより効率的に実行できる社会課題か、常に両者を比較検討することが可能になる。日本の政策においては、効果の測定が非常に弱かったが、この点についてもようやく強化されることになるだろう。
GRIPSの「地域創造・金融」コースでは、①PPP/PFIファイナンス論、②ESGと地域金融、③地域経済・金融論、の3つのテーマを中心に、専門家を交えたケーススタディや、実践的な金融手法の講義が行われることになっている。授業では、地方自治体の職員と、金融機関や一般企業のビジネスマンとが混じりあって、さまざまな議論がなされると予想される。
このコースを通して、金融を理解する行政官と、政策を理解するビジネスマンが多く育つことを心から期待したい。金融面からの新たな発想で地域が抱える課題にアプローチし、かつ実現のための手法を駆使することができる人材が増えれば、間違いなく地域に活力を生むことになるだろう。

著者プロフィール

大田 弘子 (おおた ひろこ)

政策研究大学院大学 学長

1976年一橋大学社会学部卒。埼玉大学助教授等を経て、97年政策研究大学院大学助教授,2001年同教授。2002年に内閣府に出向し、経済財政分析担当の参事官,大臣官房審議官,政策統括官を務める。2005年に大学復帰後、2006年より安倍・福田両内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)。2008年8月大学に復帰。2022年9月より現職。専門分野は経済政策・財政政策。日本取引所グループの社外取締役を務める。