World View〈アメリカ発〉シリーズ「最新シリコンバレー事情」第8回

トランプ政権の行方と考察

2025年4-5月号

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

2025年の最大の目玉は、やはりトランプ政権の誕生とその動きであろう。もちろん世界中がその変化に注目し戦々恐々の状況であることが手に取るようにわかる。就任後、直ちに過去最高数の大統領令に署名、バイデン前大統領が就任当時にサインした78もの大統領令の殆どを無効にするなど、本当に何が起こるかわからない状況だ。既に確定した政府効率化省(Department of Government Efficiency:DOGE(以下、DOGE))の設立や、強調していた「関税」を武器にした対外政策、そしてアメリカ国内では「不法移民政策」がこの先の世界経済、さらには日本の自動車産業をはじめとした将来の産業全体に与える影響が大きいものと考えられる。今回はこれらのポイントについて製造業の観点から少し言及してみたい。

まず間違いなく日本に一番のインパクトを与えるのは「関税」問題だ。既に話題に上がっている中国に対する追加関税+10%(現状は第301条関税によって概算25~60%)を皮切りに、同盟国である日本をはじめとした他の国々に対しても追加で最低10%の関税を課すことも現実化しそうだ。勿論、今のところ全ての国に対する関税なので、国際的な競争力にはあまり影響はないかもしれないが、これによってアメリカに輸出する日本企業にとってはアメリカ向けの日本国内生産製品に対して10%を追加で負担しなければならないという構図になるため、アメリカの企業側にとっても購入先の変更やアメリカ国内からの調達に切り替える可能性が増大する可能性がある。
また筆者も正にど真ん中で関連している、海外(特にメキシコ)で日系企業が生産している自動車本体や使用部品に対して、2月より25%の関税が課されることも決定した。マツダやHONDA、日産といった大手自動車メーカーのみならず、これに付随するDENSOやYAZAKI、Panasonicといった多くのTier1メーカーなどの日系企業が、この政策を真摯に受け止め対応策を講じることが急務になってしまった。少し古いデータだが2023年度のメキシコにある日系企業からアメリカに輸出された自動車及び車載関連部材の総額は2兆円を超えており、昨年は更に金額は増えていると考えられる。将来的にメキシコでの生産を維持できるのかという状況の再検討とアメリカ国内への生産拠点の移管、さらには第3国からの調達への切り替えなど大規模な生産計画の見直しに迫られる可能性は否めない。今後の日本の北米向け自動車産業に与えるインパクトはかなり大きくなるであろう。当然、これらメキシコにある日系生産工場を顧客としている自分の生業にとってもその影響は大きい(写真1)。

これらの関税引き上げで間違いなく起きることはアメリカ国内の物価の高騰だ。中国製品だけをとってみても、現在アメリカに輸入される全ての製品のうち、22%前後(金額にして5.3兆円)が同国製品。これらの価格が一斉に引き上げになれば当然、そのインパクトは大きい。単純に民生製品のみならず、工業製品、そして部品などあらゆるものに大きな影響を与えることは明白だろう。
次に不法移民政策である。トランプ大統領は現在1,200~1,500万人いるとされる特に中南米を中心とした不法移民の一斉退去の実行を即決。確かに彼らの存在がある意味、社会保障の負担増や労働力の搾取、そして税金の未払い等の問題を引き起こしていることは紛れもない事実だろう。ただ、この安い労働力が、特にカリフォルニアでは広大に広がるイチゴやアーモンドなどの農業分野においてかなり貢献していることも事実だ。勿論それに代わる方策が見い出せているわけではないが、この退去を実行することで人手不足が起こり、それを補うための労働力の確保、そして人件費の高騰(ここシリコンバレーでは労働者の最低時給が平均で$18。日本円で約2,700円)が、関税と同様、市場のインフレを押し上げる要因になることは明白だ。アメリカの就労ビザに関しても、前回同様、再びその発給基準の厳格化と発行数の制限を打ち出している。これが実現されれば日本からのビザによるアメリカ就労に関しても影響が出る可能性は大きい。その一方で、同大統領は、今後の産業の発展を支えるため、世界中から優秀な人材の確保を公言し「アメリカの大学を卒業すれば自動的に永住権(グリーンカード)を与えるようにする!」などとも発言しているが、例えばシリコンバレーの場合、インドと並んで多くの中国からの移住者が、このエリアの産業を支えている。トランプ大統領にとって敵対する中国からの留学生に対しても、こちらの大学を卒業すれば、永住権のサポートをするのだろうか?
そしてDOGEである。これは大義として、政府の無駄な出費を効率よく改善することが目的とされており、正式にその代表にイーロンマスクが就任した。勿論、政治経験のない実業家の彼がどのようなアクションを起こしていくのか? そして正式な就任前から、その取り巻きとしてシリコンバレーを中心とした著名な投資家達の存在があることも目が離せない。彼がどのような観点から政府の体制に評価を付け、その削減を実行していくのか? ハイテクノロジーの世界で君臨してきた実業家が、そのシリコンバレーのネットワークも利用し、通常の統計学や投資の費用対効果等、実情の解析のみならず、AIを駆使した人員削減の方策や、次世代ロボットなどを積極採用するような効率化を実施するかもしれない。またその効率化のために現在施行されている規制の緩和も極端に進む可能性がある。上述したように、これらハイテク技術(企業)に投資しているのが、この省のネットワークのメンバーだということ。そう考えると、彼らのビジネス(や投資先)のテクノロジーを利用するための規制緩和が、どんどんエスカレートしそうだ。既にイーロンマスクは11月にTESLAが新規投入を目論んでいるロボタクシーを公開。この導入に向けて現在一部の地域のみで運行が認められている自動運転車の規制を大幅に緩和することも容易に考えられる。勿論、効率の良い予算削減は可能になるかもしれないが、それによって、彼らと取り巻きである投資家たち、そして関連の企業だけに莫大な富が集中することは十分に考えられるのだ。イーロンマスクは、現時点で資産総額が60兆円といわれている。それを世の中の平和貢献に費やしてくれればうれしい話なのだが……(写真2)。

いや、ここまで書いてくると自分自身も本当に何が起こるかわからない大変革の2025年に、正直かなりの不安もある。ただこれも大きくチャンスとする見方も可能だろう。中国に高関税がかけられることで、今まで中国で生産されていた部材の製造が日本や近隣諸国にシフトすることは十分に考えられるし、DOGEによる、政策や規制緩和が、ロボット等省人化に貢献するハードウェアの需要に拍車をかける可能性も十分だ。そんな流れをいち早くつかむことで、この先の新たなビジネスチャンスを得ることができれば、新たな展開に向けての可能性も十分にあるだろう。まずは、多くのSNSや市場に出回るニュースをうまく咀嚼しながら状況を見極めて、自身のプラスとなるようなポジティブな考えでこの激動の流れを受け止めてもらえたらと思う。

著者プロフィール

遠藤 吉紀 (えんどう よしのり)

BEANS INTERNATIONAL CORPORATION代表

【遠藤吉紀氏のプロフィール】
BEANS INTERNATIONAL CORPORATION 代表
1988年に検査機器製造メーカーの駐在員として渡米後、10年間の赴任生活を経て、1999年シリコンバレーの中心地サンノゼ市にて起業。
以降、日本の優れた製造技術や製品の輸入販売を生業とし、一貫して米国の製造業に携わりながら現在に至る。
https://yoshiendo.com