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「金融政策の多角的レビュー」について
2025年4-5月号
昨年の12月19日に日銀は「金融政策の多角的レビュー」と題した報告書を公表した。これは、植田和男総裁の下で行われた最初の金融政策決定会合で、「今後1年から1年半をかけて、過去25年間の金融政策の多角的レビューを行う」とした約束を果たしたものだ。この報告書自体200ページを超える長大なものだが、この間に日銀スタッフが公表した研究は50本に近い。また、報告書には8人の有識者による講評も収められているが、中には相当手厳しいものも含まれている。日本の政策当局が自ら行ってきた政策について、これだけ詳細かつ客観的な自己評価を公表したことは、まさに画期的と言える。
このレビューでは、まず過去25年間の経済・物価動向が回顧されるが、そこでは少子高齢化などに加え、1997~98年の金融危機をきっかけに企業が投資を手控えるようになったため、自然利子率が趨勢的に低下したとする。その結果、金利のゼロ制約の下、金融政策で十分な景気刺激を行なうことが困難となり、慢性的な需要不足に陥ったという理解である。なおレビューは、緩やかな物価下落が継続したことが今度は原因となって、賃金・物価が上がらないことを前提とした慣行や考え方が社会に定着したとも指摘する。これらについては、筆者もほぼ完全に同意する。
次いで、この間日銀が行なった金融政策の効果と副作用の分析が行われるが、その中核は言うまでもなく、2013年以降黒田東彦総裁の下で進められた大規模金融緩和の評価である。その効果については、長期金利の引下げなどにより日本経済はデフレでない状態に至ったとしつつも、当初想定していた程の効果は発揮し得なかったと総括した。副作用として、国債市場の機能度低下などを挙げつつも、「現時点においては、全体としてみれば、日本経済へのプラスの影響の方が大きかった」と結論付けている。
ただし、ここで注意すべきは「現時点においては」という制限を課している点だろう。レビューには明記されていないが、現在でも国債の約半分を日銀が保有していることを踏まえれば、今後インフレ率が急上昇したり、国債市場が混乱に陥るリスクは軽視できない。日銀自身が「副作用が遅れて顕在化するなど、マイナスの影響が大きくなる可能性」を指摘しているのは妥当だと言えよう。
最後にレビューは今後の金融政策運営への含意を述べるが、そこでは非伝統的な政策は効果を持ち得るが、定量的な効果は伝統的金利政策と比べ不確実だとして、再度非伝統的金融緩和を行うことには慎重な姿勢を見せる。上記の潜在的な副作用の存在を意識しているのだろう。同時に、非伝統的政策は金利政策の完全な代替手段になり得ないだけに、可能な限りゼロ金利制約に直面しないような政策運営が望ましいとして、2%の物価安定目標を維持することが適切という「糊代」論を展開している。この点についても、筆者は基本的に同意する。
このように、レビューに書かれている結論については概ね妥当だと思うが、問題はここに書かれていない論点があることだ。中でも一番難しいのは、大規模緩和が財政規律の緩みをもたらしたか否かだろう。この点、レビューではそうした懸念の存在を認めつつも、金融緩和の目的は「財政ファイナンスではないことを明確に示していく」と述べるに止めている。
財政規律が狭義の日銀の責任でないことは明らかだ。しかし、経済学者の間でも「日銀の大規模緩和が財政規律の緩みに繋がった」との見方は少なくない。2013年1月、白川方明総裁時代に政府と日銀が公表した共同声明には、日銀が2%の物価目標をできるだけ早期に実現すると約束する一方、政府は「財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立する」と約束している。この共同声明は現在も有効だ。日銀の約束が漸く実現しつつある今、政府に対しても約束を守るように促すべきではないか。