『日経研月報』特集より

「Fujitsu Sports」が目指す勝ち(Victory)と価値(Value)~地域社会への貢献とウェルビーイング~

2025年4-5月号

〈話し手〉 常盤 真也 (ときわ しんや)

富士通株式会社企業スポーツ推進室 室長

〈聞き手〉 中村 典正 (なかむら のりまさ)

DBJ証券株式会社 取締役/富士通フロンティアーズコーチ

富士通株式会社は、アメリカンフットボール部「フロンティアーズ」、女子バスケットボール部「レッドウェーブ」など、複数のスポーツチームを運営しています。同社はスポーツ分野に注力するだけではなく、スポーツを通じた地域・社会貢献活動も積極的に行っています。特に富士通の本社所在地である川崎市とはさまざまな活動を通じて連携を深めており、同社が運営するチームは、川崎市から「スポーツパートナー」に認定・認証されています。
この度、「Fujitsu Sports」の取組み、社会・地域貢献活動について、同社の企業スポーツ推進室長であり「フロンティアーズ」のゼネラルマネージャーである常盤真也氏に、同チームのコーチであるDBJ証券(株)中村典正氏がインタビューを行いました。また、富士通株式会社代表取締役社長 時田隆仁氏に、「Fujitsu Sports」のミッションについてお話を伺いました(本稿は、2024年12月17日、2025年1月3日に行ったインタビューを基に中村氏が取りまとめたものです)。

1. はじめに

-現在、常盤さんは「Fujitsu Sports」を統括されていますが、これまでのご自身のスポーツとの関わりについて教えてください。

常盤 私は高校、大学でアメリカンフットボール部に所属していました。富士通に入社後は営業職に従事しながら「フロンティアーズ」で選手、コーチとして携わっていました。その後、母校である中央大学アメリカンフットボール部でヘッドコーチを務め、2014年に「フロンティアーズ」のゼネラルマネージャーとして戻ってきました。そして2021年に企業スポーツ推進室室長に就任し、今に至ります。

2. 「Fujitsu Sports」の概要と企業スポーツ推進室の役割

-富士通のスポーツに対する取組みの概要を教えてください。

常盤 富士通は、陸上競技部、アメリカンフットボール部、女子バスケットボール部、女子チアリーダー部を運営しています。このほかに、一般運動部として、男子バレーボール部、男子バスケットボール部、水泳部などがあり、これらのチームにスポーツのインフラやノウハウなどを合わせたものを「Fujitsu Sports」と定義しています。勝利の追求だけでなく、ウェルビーイング、多様性、テクノロジー等、さまざまな要素と融合することで社会課題を解決し、よりよい世界を創造すべく、多様な活動に挑戦しています。
陸上競技部では、1992年のバルセロナオリンピックに3選手が出場したのを皮切りに、2020年東京オリンピックでは8選手、2024年パリオリンピックでは5選手が出場し、9大会連続して日本代表選手を輩出しました。また、パラリンピックには、2020年東京、2024年パリオリンピックに日本代表選手を輩出しています。アメリカンフットボール部「フロンティアーズ」も、初出場した2014年の日本選手権「RICE BOWL」で初優勝し、以降の4連覇を含む計8回の日本一を獲得した、リーグを代表するチームです。女子バスケットボール部「レッドウェーブ」は、2005年全日本総合選手権で初優勝して以降、2007年まで全日本総合選手権3連覇を達成。Wリーグでは2023~24年に16年ぶりの優勝を手にしており、数多くの日本代表選手を輩出しています。

-企業スポーツ推進室の役割について教えてください。

常盤 もともと別の部署がスポーツを担当していましたが、2020年東京オリンピック・パラリンピックに先立ち、2018年に当室が立ち上がりました。現在は30名弱が所属しています。企業スポーツ推進室が目指すのは、Victory(勝ち)とValue(価値)の2つの「V」を高めることで「Fujitsu Sports」の価値を向上させ、社員や地域の方々の共感を生み、社会にポジティブな変化をもたらすことです。企業スポーツはコストセンターと見なされることが多いのですが、私たちは可能な限りマネタイズしていくことを考えています。例えば、以前は無料でチケットを配布することもありましたが、スポーツの価値を自ら下げてしまうのではないかと考え、2021年頃からチケットを有料での販売に切り替えました。さらに、自主興行の企画やグッズ販売なども精力的に行っています。
また、企業スポーツの価値そのものを高めることを目的に、他社の企業スポーツ担当者と積極的に情報交換をしています。他社の企業スポーツ担当者も私たちと同じ悩みを抱えていることが多く、企業スポーツの価値を高めるという共通ビジョンを掲げる者同士でタッグを組んでいきたいと考えています。

-常盤さんはこれまでアメリカフットボールの選手やコーチを通じてスポーツに長年携わってこられましたが、スポーツを統括される立場に就かれて考え方などに変化はありましたか。

常盤 今の立場になって初めて、スポーツをアセット(asset)として認識するようになりました。それまでは相手に勝利することにフォーカスしていたのですが、今では「Fujitsu Sports」の価値をいかに高めるか、ということも常に考えています。つまり、勝利(勝ち)を目指すと同時に価値を高めていくことでサステナブルな組織になることを意識しており、この考え方が、社会貢献や地域貢献活動につながっています。私は当室の室長として富士通のスポーツ全チームと面談を実施していますが、その場においても、勝つだけではなくFujitsu Sportsの価値をいかに高めていくかということを話し合っています。以前、現場からは、勝利に直接結びつかない活動は会社の負担になるのではないかという意見もありましたが、Fujitsu Sportsの価値を高めることの重要性を丁寧に説明し、現在では全チームと共通認識ができていると思います。
一方で、その価値を高めるためには価値を評価しなければなりません。時田社長から「株主に対してFujitsu Sportsの価値をどのように説明したら良いのか?」を問われることがあります。しかし、スポーツチームの価値をどのように算定するかは非常に難しい課題と感じています。そうした中で、私たちが取り組み始めたのが、国際的なガイドラインであるビジネス・フォー・ソサイタル・インパクト(B4SI)の枠組みを活用した、Fujitsu Sportsの活動を可視化する試みです。

-富士通がスポーツに力を入れている理由は何でしょうか。

常盤 富士通が掲げているパーパス(社会的な存在意義)とスポーツとの深い関連性が挙げられます。当社のパーパスは「イノベーションによって社会に信頼をもたらし世界をより持続可能にしていく」ことです。
現在富士通は、当社が保有するさまざまなテクノロジーを活用し、スポーツを強化しています。例えばセンシング技術のスポーツへの応用です。センシングとは簡単に言うと、映像やセンサーで人やボールの動きを識別し、見える化するものです。これによりアスリートの動きをリアルタイムで数値化できるため、トレーニングや戦術などに応用できます。また、この技術を応用したデータ解析プラットフォーム(Human Motion Analytics)をスポーツに関するデータ分析だけでなく、人の動きを軸に事業を展開するウェルビーイングやエンターテイメントなどの分野にも展開しています。
さらに、富士通のテクノロジーのスポーツへの応用例として、聴覚障がいのある方がスポーツ観戦を行う際に使用するアプリ「LiveTalk」が挙げられます。これは音声をリアルタイムでテキストに変換できるソフトウェアで、この機能を試合解説に活用することにより、聴覚障がいのある方にもスポーツのルールや見どころをリアルタイムでお届けすることができます。実際に「フロンティアーズ」の試合に川崎市立聾(ろう)学校の生徒とご家族を招待し、解説の音声をテキストに変換したものをリアルタイムでスマートフォンに表示させて、観戦をより楽しめるようにしました。

3. 「Fujitsu Sports」の地域・社会貢献

-地域・社会貢献を積極的に行っているというお話がありましたが、具体的にどのような取組みをされていますか。

常盤 2026年4月に陸上競技部が川崎市に活動拠点を移転することが決定しており、これを機に「Fujitsu Sports」が川崎市に集約されることになります。これによりチームの垣根を越えた横の連携が生まれ、競技力が向上することが期待されています。例えば、陸上選手が走り方を他の競技の選手に教えたり、アメリカンフットボール選手がバスケットボール選手とディフェンスの動きを共有することで新たな気づきが生まれたりするのではないかと考えています。
また、地域・社会貢献についても、Fujitsu Sportsとして一体となった活動をさらに発展させることができると考えています。
今まで実施したさまざまな地域・社会貢献活動の一例として、「センサリールームでのスポーツ観戦」の取組みをご紹介します。きっかけは、2017年に川崎市で開催された「心のバリアフリー・シンポジウム」に富士通が参加し、その際に川崎フロンターレに提案したことが始まりでした。センサリールームとは、感覚過敏の特性のある人が安心してスポーツ観戦のできるように配慮された特別な部屋で、照明は明るすぎず、騒音は遮断された設計になっています。発達障がいの方の中には、光や大音量を苦手とする「感覚過敏」という特性のある方が少なくありませんが、スポーツ観戦ではどうしても照明が明るく、大観衆で大音量となってしまいます。当室では、共生社会の実現に向けた活動の一環として、「センサリールーム観戦」の機会を提供しています。また、そういった特性のある子どもにスポーツ観戦を体験させてあげたいとの思いから、発達障がい児童のためのセンサリールーム観戦にも取り組んでいます。
富士通は、2019年に日本で初めてスポーツ観戦におけるセンサリールームを設置し、川崎フロンターレのサッカー観戦イベントを実施しました。それに続き、アメリカンフットボール、女子バスケットボールの観戦においても、国内初のセンサリールームを展開してきました。この試みを継続的に行い、且つ面的に広げていくために、所属先のリーグに働きかけた結果、Xリーグ(アメリカンフットボール)の公式試合やWリーグ(女子バスケット)のオールスター戦での導入につながっています。

その他の活動として、試合会場で不要な衣類を回収して衣類に含まれるプラスチック成分を再利用する「衣類リサイクル」や、各家庭で使い切れない未使用食品を持ち寄って、それらをフードバンク団体や地域の福祉施設に寄付する「フードドライブ」の活動にも取り組んでいます。また、試合会場まで車いすやベビーカーでも安全に通行できるよう、段差・傾斜・障害物等が少ないルートを明示したバリアフリーマップを作成し、選手がスタジアムまで実際に歩いて点検する活動なども行っています。さらに、川崎市の小学校に「フロンティアーズ」の選手が赴き、児童と選手が直接触れ合うことで子供たちにスポーツの楽しさを感じてもらう「ふれあいスポーツ教室」を毎年実施しています。

このように、社会貢献活動では、その取組みが社会に広く伝播することを目指し、地域貢献活動では、特に川崎市に密着した形で展開しています。
川崎市とは、さまざまな活動で連携し、スポーツの力で未来を一緒に創っていくという将来の目指す姿を共有しています。川崎市民の方々がファンやサポーターとなってチームを支えてくれていますが、Fujitsu Sportsに所属しているアスリートが普段から当たり前のように、地域貢献(地元の清掃活動など)を行い、それによって地元の方のホームタウンチームを応援する気持ちを育んでいくというのが理想的な姿だと考えています。

4. ウェルビーイング、エンゲージメント

-「Fujitsu Sports」とウェルビーイングやエンゲージメントとの関係性についてはどのようにお考えですか。

常盤 まずスポーツがウェルビーイングに与える影響としては、身体機能の向上といった直接的な効果に加え、スポーツに触れたり観戦したりすることで、職場の仲間や取引先との信頼関係を深め、一体感が醸成するなど、「人と人とのつながり」に寄与する側面があると考えています。実際に、富士通の社員がFujitsu Sportsを観戦した際にサーベイを行って、どのように感じたのかを分析する取組みを始めています。
また、社内の各部署で、エンゲージメントを高めるための具体的なアクションを検討していますが、その中でFujitsu Sportsの観戦を項目として挙げている部署が増えてきています。スポーツ観戦が顧客とのリレーションにどのように影響しているのか、具体的な商談に結び付いているのかなどについても、同時に検証を試みています。
Fujitsu Sportsに属する選手に対するエンゲージメントに関しては、毎年、当室が調査を実施し、経年変化を分析したうえで、どのようにアクションしていくかを議論しています。

-Fujitsu Sportsに属する選手に対するエンゲージメントに関しては、毎年、当室が調査を実施し、経年変化を分析したうえで、どのようにアクションしていくかを議論しています。

図1は当社のエンゲージメントサーベイをスポーツ版にカスタマイズしたものです。KPIに関する項目と、3つのカテゴリー(チーム組織、チームマネジメント、Fujitsu Sports全般)に関する項目、計20問の質問(5段階評価)で構成されており、200名の選手を対象に実施しています。企業と同様に、スポーツチームでも、個々の実力だけでなく組織力に焦点を当てて強化することが重要であると捉えており、その恒常的成長を目指して、エンゲージメントサーベイを継続的に実施しています。

Fujitsu Sportsのチームの事例ですが、チーム組織に関する項目である「自分の強みを最大限発揮できている」、「所属するメンバーと存在を認めあえる関係を築けている」という設問について、それらを優先的に強化すべきという結果が出ました。この結果を踏まえ、当社の教育部門と連携し、自身の強みを明確化するためのアセスメントとワークショップを実施し、自分自身と仲間を理解する機会をつくりました。また個人の強みの結果については、普段の生活の中でチームメイトの目に触れられるように寮の食堂にも掲載しました。これらの取組みにより、サーベイ結果を年次で比較したところ、このチームの2024年のエンゲージメントスコアは、初回実施の2022年と比べて向上し、強化ポイントの改善も見られました。何より、このチームはこれらを実施したシーズンに目標を達成できたことから、本調査とアクションが少なからず結果に寄与したのではないかと考えています。

5. 「Fujitsu Sports」のミッション(代表取締役社長 時田隆仁氏)

-今回、1月3日に開催されたアメリカンフットボール日本選手権第78回ライスボウルで時田社長に「Fujitsu Sports」についてお話をお伺いすることができました。

過去、バブル崩壊の時に多くの企業が自社のスポーツを収益に結びつかないものの象徴として撤退していくなかで、当社は企業スポーツを保持しました。いいものを残してくれた歴代の経営者に感謝しています。
保有している競技はいずれも日本一、世界一を目指しており、企業スポーツは従業員の一体感の醸成に多大なる貢献をしてくれています。
経営から「一体となれ」と言っても一体となるのはなかなか難しいのですが、自社のスポーツの応援では勝っても負けても一体感を得ることができます。これは組織の中でチームビルディングの一翼を担う重要なイニシアティブだと感じています。
また、選手たちは自分を鍛えること、チームを強くすることに真摯に取り組んでいます。その活動の中で少しでもテクノロジーが活用できているのであれば、当社としては本業への貢献という意味でも意義があると思っています。さらにはスポーツの中で画像認識AIなどの最新テクノロジーを取り入れることができれば、一般の人には難しいITへの理解がスポーツという身近なものを通して深まることにも繋がります。
スポーツと仕事を両立するのは選手にとっても大変なことと思いますが、その活動に敬意を表しますし、そのうえで勝利してくれることには感謝しかありません。
これからも当社はスポーツを支え続けます。

著者プロフィール

〈話し手〉 常盤 真也 (ときわ しんや)

富士通株式会社企業スポーツ推進室 室長

富士通(株)企業スポーツ推進室室長兼富士通アメリカンフットボール部GM。
東京都国分寺市出身。中央大学時代にアメリカンフットボール部ラクーンズでプレー。卒業後、富士通株式会社に入社。営業に従事する傍ら、富士通フロンティアーズにてプレイヤーとして活躍。選手引退後、中央大学アメリカンフットボール部ラクーンズのヘッドコーチを経て、2014年より富士通フロンティアーズのゼネラルマネージャーに就任し、4連覇を含む日本一8回と常勝チームの礎を築く。2021年に企業スポーツ推進室長に就任し、同社の運動部の統括責任者を務める。

〈聞き手〉 中村 典正 (なかむら のりまさ)

DBJ証券株式会社 取締役/富士通フロンティアーズコーチ

DBJ証券(株)取締役
2009年に(株)日本政策投資銀行に入社。企業金融第1部、シンジケーションクレジット業務部、企業投資第3部を経て2024年6月より現職。
早稲田大学時代にアメリカンフットボール部ビッグベアーズでプレー。2023年、2024年全日本選抜コーチ。2024年から富士通フロンティアーズコーチ就任。