『日経研月報』特集より
明日を読む
AIは仕事を奪うのか
2025年6-7月号
AI(人工知能)の急速な発展が、社会に革命的な変化をもたらしている。ユーザーとしては、これまで難しかった作業の多くが一瞬で解決する経験に驚くことが多い。一方で、その驚きが大きければ大きいほど、労働者としては「AIに職を奪われる」という懸念を強く持つことになる。
新しい技術が導入される際に労働者が職を奪われること、それに対し労働者が反発することは、どちらも歴史を振り返れば珍しい現象ではない。技術革新は常に労働者の仕事を奪ってきたし、産業革命時代の蒸気機関導入時のラッダイト(機械うちこわし)運動のように新技術の登場による社会的摩擦も不可避であった。それでも、技術革新は大きな恩恵をもたらし、長期的にはより良い社会を達成する原動力になると信じられている。特に経済学者は、一般に分配よりも効率性を重視する傾向が強いため、技術革新を基本的に望ましいものと考えている。
しかし、興味深いことに、その経済学者ですら今回のAI革命については「長期的にはプラス」という楽観的な見方にコンセンサスが得られず、否定的な論調が根強い。その急先鋒となっているのが、MITのダロン・アセモグル教授である。アセモグル教授は、2024年に社会制度と経済成長の関係を明らかにした業績でノーベル経済学賞を受賞しているが、AIのインパクトについても多くの研究をしている。
そのアセモグル教授は、AIによって雇用の喪失、賃金停滞、所得格差の拡大などが起きると警鐘を鳴らしている。もちろんAIの発展そのものが悪いと言っているわけではないが、これまでの技術革新との違いを理解し、うまくコントロールする必要があると指摘している。
これまでの技術革新とAI革命の違いとして、第一に、影響を受ける労働者の範囲が明確でないという点が挙げられる。AIは「ジョブ(職)」ではなく「タスク(作業)」単位で人間を代替する。高度な技能を持つ労働者でも、特定のタスクについてはAIに代替される可能性がある。AIは非ルーチンタスクもこなせるため、ホワイトカラーや専門職など知的な判断や創造性を必要とする仕事にも影響が及ぶ。どのような労働者がどれだけの影響を受けるのか予測が難しく、結果として技能の習得などの人的投資は困難になる。
第二に、AIは人間の労働を「補完」するより「代替」する性格が強い点がある。蒸気機関やコンピュータが導入された際には人間の身体能力や情報処理能力を補完することでジョブの価値を高めたが、AIは一部のタスクを完全に代替することでジョブの価値を低下させる。これは全体としての雇用を減らし賃金を下げる要因になる。
第三に、AIがもたらす技術が必ずしも社会的に望ましいタスクに使われていない点である。たとえば、AIは視聴時間やクリック数の最大化のために中毒性の高いコンテンツや扇動的な情報を流すアルゴリズムとして活用される。こうしたAIの利用は、人間から注意力や時間を収奪するだけで、社会全体の生産性を改善しない。
こうした違いは、これまでの技術革新と比べて、技術が労働を代替する効果を大きくするが、生産性向上を通じた規模拡大による労働需要増加効果は小さくする。結果として、AI革命においては、社会全体での雇用が縮小し、賃金が停滞する可能性が高いと考えられているのである。
AIはまだまだ発展途上であり、今後の使い方や設計次第では社会の発展をもたらす可能性はある。そのためには、社会でAIが職を奪うのではなく、職を生み出すように方向づけしていく必要がある。
そのためには人間の労働を代替するような方向ではなく、労働の価値を高める分野でAIを活用する必要がある。特に、教育、医療、ケア労働の分野では、人間にのみできることがまだまだ多く、労働を補完するような応用の余地がある。また、政府は人間を雇用するより機械やソフトウェアに投資する方が相対的に負担の小さくなるような税制は是正し、人間に投資が向かうようにすべきである。