TSMC波及効果と九州の目指す姿

2024年4-5月号(Web掲載のみ)

小野 敬一郎 (おの けいいちろう)

株式会社日本政策投資銀行九州支店企画調査課 副調査役

1. はじめに

台湾セミコンダクター・マニュファクチュアリング・カンパニー(以下、TSMC)の日本法人であるJapan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社(以下、JASM)が熊本県菊陽町で半導体製造工場の建設を決定し、2024年末の稼働開始に向けて準備を進めている。
この工場建設計画の公表を受け、多数の企業が熊本県内のみならず、九州全域において拠点新設・工場増設を発表しており、2023年8月3日に公表した日本政策投資銀行(以下、DBJ)の設備投資アンケート調査においても、九州地域(製造業)の設備投資の対前年比増加率は、半導体関連産業における設備投資が大きく寄与した結果、過去最高となった。
TSMC進出の影響は熊本県のみならず、九州全域に波及することが見込まれている。本稿では、TSMCが日本における最初の製造拠点として、なぜ九州を選んだのかを明らかにしたうえで、九州と台湾における半導体産業の状況を概観し、①九州がTSMC進出の恩恵を最大限享受するために何をすべきか、②今後どのような九州地域に変化するべきか、その方向性を以下に考察する。

2. TSMCが選んだ九州のポテンシャル

2-1. 熊本を選んだ理由

TSMCが熊本県を進出先として選んだ理由は、電気料金の安さ、豊富な地下水等が代表的な要因として挙げられるが、特にソニーセミコンダクタマニュファクチャリング(熊本県菊陽町。以下、ソニー)や東京エレクトロンなどを支える地域の半導体関連サプライチェーンの存在が魅力的であったと考える。特にJASMの工場建設予定地の隣に立地するソニーでは、CMOSイメージセンサーを中心とした半導体の設計・開発・生産等を手掛けているため、ロジック半導体を製造するJASMでもそのサプライチェーン網を利用できることは熊本に立地するメリットになったものと推測する。

2-2. シリコンアイランドと言われた九州の半導体産業

日本の半導体の歴史を振り返ると、1988年をピークに日本企業の世界シェアは減少し、その過程で業界再編は進んだ。衰退の理由はさまざまあるが、その1つにメインフレーム(DRAM)からPC・モバイル(マイクロプロセッサ)といった需要先の変遷に日本企業が追随できなかったという点がある。
日本のIC生産販売高推移をみると(図1)、80年代後半からその勢いが無くなっているが、九州では同生産販売高の対全国比率が2000年後半から上昇しており、日本の減少トレンドに対して反転している。その理由は熊本県に立地するソニーがCMOSセンサーの分野で市場競争を勝ち抜き、グローバルトレンドの商品であるモバイル・スマホへ搭載することができたからである。また、近年ではEVや産業ロボット等の分野において、パワー半導体需要が高まっている。こうした製品の製造拠点も九州には一定数あり、強い存在感を放っている。

3. 九州半導体産業の成長ポテンシャルは部品・材料や製造装置にある

3-1. 施策無しでは地域への影響は限定的

九州における半導体サプライチェーンマップ等(注i)では、九州既存の半導体企業は、ソニーや三菱電機といった垂直統合型の半導体製造企業に加えて、半導体製造装置メーカーとその部品を作るメーカー、一部の製造工程を受託する地場中堅企業等がある。
一方でTSMCは、Copy Exactlyの原則の下、既存のサプライチェーンを利用することから、初期的には、JASMによる地域からの調達は限定的になると考えられる。従って、施策無しではTSMCから地域への波及効果は地域経済循環に落ちず、影響は限定的となる。

3-2. 半導体産業への支援策を把握するための産業分類

TSMC進出の経済効果を地域経済循環に繋げるためには、JASMが必要とする原材料等を地域で供給する体制を構築しなければならない。この課題に対して、DBJのレポート(注ii)では以下のように分析を行った。
JASMを始めとする電子回路製造業に対して、原材料等の供給を行っている産業を、半導体関連産業と定義し、縦軸を半導体製造業における重要度(注iii)、横軸を地域における産業集積度(注iv)とする表中に、各産業を当てはめ、A~Dの4グループに分類をした(図2)。

3-3. 地域における経済循環を高めるためには

この中で、域内調達率を高め、地域経済循環を高めるためには、産業に占める重要度が大きいが産業集積が低いCへの支援が最も効率的な施策であると分析をした(具体的な産業分類は図4を参照)。尚、前工程とは、円盤状のシリコンウエハー上に電気回路を形成する工程を指す。後工程には、電子回路が形成されたシリコンウエハーを切り出してチップにする工程(ダイシング)、チップ等を基盤等に固着する工程(ボンディング)、チップを保護する樹脂で固める工程(モールディング)などである。

3-4. 熊本県における投資は地域経済循環を高める

近時報じられた熊本への投資の内訳をみると、半導体製造装置メーカーの設備投資は、新設ではなくラインの増強投資が比較的多くみられた。半導体製造装置メーカーに関しては、既に地域における集積があるため、JASM進出による需要増加に対して、ラインの増設で対応することができるものと推察される(図3)。

一方、半導体の部品や材料を供給するメーカーの投資内容としては、物流拠点を含めた拠点の新設が多くみられた。これは、熊本県において既存の部品や材料メーカーの集積度が充分ではないことを反映しているといえる。TSMCの新工場が設立された台湾やアリゾナにおいても域外材料メーカーによる新設投資が多くみられた(注v)。JASMは、工場内で使う部材・素材系のメーカーに対しては、同社の工場から車で20~30分圏内に拠点を設置することを希望している、という話もあり、部品・材料メーカーの拠点新設が多いことと関連しているものと推測される。
このように部品・材料メーカーが域内での積極的な投資を行うことで、前工程の材料産業の地域内集積度が上がっている動きは、CグループからAグループへシフトする動きと合致しており、地域経済循環を高める動きの1つであると分析できる。
こうした企業集積の動きを促進するため、地域企業と深いリレーションを有する各自治体や地域金融機関等が一体となり、既存企業の能力増強や事業領域の拡大支援(補助金、ファイナンス支援等)、新たな企業誘致、域内企業の受注拡大に向けた技術力強化の支援等が重要であると考えられる(図4)。

2024年2月に、TSMCの第2工場が熊本に建設されることは発表されたが、第3、第4というように、新たな工場建設計画が続けば、材料メーカー等のサプライヤーの進出ニーズが更に強まることが期待される。既存の製造装置メーカーにおいては、ライン増設ではなく新規工場建設という動きになり、部品や材料を供給するメーカーにおいては、物流拠点としての進出から製造拠点としての進出へと変化していく可能性もあるだろう。
しかし、地域に課題がないわけではない。例えば、交通渋滞の問題、工業団地不足の問題、既存産業(農業等)との調和の問題、地下水への影響などを課題として挙げることができる。熊本が“シリコンアイランド九州”復活の中心地となるためには、こうした課題に取り組んでいく必要がある。

4. 台湾半導体の歴史とその産業エコシステム

次に、TSMCを生んだ台湾の半導体産業の歴史から、TSMCの進出を契機として発展しようとしている九州地域の今後の姿を考える。

4-1. 台湾が半導体産業をターゲットとした背景

台湾の人口は約2,300万人(注vi)で九州の人口(約1,300万人)の約1.8倍だが、世界的にみれば小ぶりな国である。また島国である台湾は日本と同様、資源が乏しい。原油などの燃料資源や工業原料などの大部分を海外から輸入しており、それを加工・製品化して輸出する加工貿易を得意として経済成長を遂げてきた。台湾が1971年に国連から脱退した際、国際的な影響力を政治的な観点のみでなく、経済的な観点からも強化するため、産業化が課題となった。当時は、国内で加工して輸出する形の産業育成が行われていたが、将来的には労働集約型産業は中国大陸(中華人民共和国)との競争に突入するとみられていたことから、知識集約型産業を育てる重要性を認識し、半導体の設計と製造(特に前工程)の研究開発と産業化に大きく舵を切ったとされる。

4-2. パイロット・プラントから台湾初の官製半導体製造会社UMC設立の経緯(注vii)

1974年から、台湾における半導体の商業生産の可能性を実証するため、半導体プロジェクトが実施された。政府の研究機関である工業技術研究院(以下、ITRI)に在米華人を招集、米国RCA社との人材技術交流を経て1977年に工場(パイロット・プラント)が稼働した。売上は順調に推移し、技術を導入していたRCA社から買収提案すら出るほどの成功を収めた。一方、公的研究機関であるITRIが商業生産を続けることに対しては、各所から批判が出た。結果、半導体生産を民営化することになり、ITRIからスピンオフする形で1980年に半導体製造会社であるUMC社を創業、82年から操業を開始した。初年度こそ赤字だったが、83年には電話用ICで成功し、黒字化を実現。その年の利益率で台湾企業のトップに立った。

4-3. 新竹サイエンスパークの設立

1980年、UMCの設立で半導体産業が勃興する傍ら、科学技術を国に根付かせることを目的とし、新竹サイエンスパークが設立された。企業のみならず、研究機関(ITRI等)やその他高等教育機関(陽明交通大学、清華大学他)が数多く立地し、UMCも園区内を拠点としている。TSMCも園区内に設立され、90年代中盤から台湾IC産業の中心地となった。

4-4. TSMCの設立と成功の時代背景

テキサスインスツルメンツの副社長として有名だった張忠謀(モリス・チャン)が、1985年に米国から台湾に招聘され、ITRI院長に就任。半導体の開発を行わず、受託生産を手掛ける“ファウンダリビジネスモデル”の可能性に着目し、1987年にTSMCを創業、自らがトップとなった。TSMCは初期の経営が不安定だったものの、米国企業からの注文を取り付けてからは国際的な認知を得られるようになった(注viii)。米国企業からの受注は米国に長く居住していたモリス・チャンのコネクションによると考えられるが、時代的な背景も大きい。1985年以降、台湾のPC製造産業は世界市場の中で大きなシェアを占めていた。日本メーカーがDRAMに執着する傍ら、台湾は中国で製品生産をして米国向けに輸出する組立加工の担い手として、また高付加価値型の中間財(半導体)の供給者としての立ち位置を着実なものとしていた(注ix)。

4-5. 台湾市場からみた半導体業界への評価(注x)

UMCやTSMCは設立当時、出資のほとんどは政府関連機関によるものだった。しかし、UMCとTSMCの成功が呼び水となり、半導体関連産業全般への投資意欲が高まった結果、台湾企業による半導体の生産システムが構築された(注xi)。

4-6. 台湾の半導体産業の成功要因の整理と参考にするべき箇所

台湾の半導体産業の成功は、政府の施策だけでは達成できなかった。モリス・チャンという人材獲得の幸運や、産業界のニーズを的確に把握したこともあり、九州や熊本が、台湾の施策をそのまま真似たとしても同じように産業を育てることは難しい。一方で、「新竹サイエンスパークを中心とした産業育成のエコシステム」は、台湾が生み出した成果として参考にするべきと考えた。
台湾の産業育成のエコシステムはUMCやTSMCといった台湾の半導体産業の成功をベースとする。すなわち、当局主導で海外から研究機関に人材を引っ張ってくる、研究機関から人材も技術も工場もスピンオフし、新竹サイエンスパークに立地させる、というものである。近年、台湾ではこのエコシステムを活かしバイオベンチャーの育成も成功している。
新竹サイエンスパークは現在、半導体のみならず、PC製造、通信、精密機械、バイオ等といった知識集約型産業の集積地として栄えている。就業人口は17万5,000人、面積は1,467ヘクタール(東京都渋谷区とほぼ同じ面積)、立地企業の合計売上は1兆6,132億台湾ドル(2022年)に上る。また、新竹以外の台中・台南のサイエンスパーク立地企業も合わせると台湾のGDPの約14%を生んでいる。
これらサイエンスパークの具体的な役割であり特徴は、国と地方政府から権限を移管され、土地を保有し一元管理していることにある。企業へ土地や建物(標準工場)を売却せずに賃貸することにより、経済状況を見極めながら、エリアマネジメントを行っているともいえる。1980年代まではPC製造や自転車等の組立型産業を育成し、その後は半導体ファウンドリビジネスを成功に導き、現在は将来に向けてバイオ産業の育成に力を入れている。また、今日の新竹サイエンスパークは台湾の科技部(科学技術省)の一部となっており、園区内には政府機関である経済部、財政部、環保署、交通部、税関のほか、郵便、通信、水道、電力、金融の各機関が立地している。これにより、ワンストップサービスで入居企業をサポートするなど、立地企業が本業に専念できる環境を整えている。
その他、園区内には、実験中学、社員寮(住宅)、診療所、公園があり、シャトルバスも運営する等生活インフラ全般が整えられ、入居企業やその従業員のニーズに迅速に応えられる仕組みが存在している。周辺環境の整備は、産業振興とは無縁のように思えるが、魅力的な住環境を整備することは、立地企業が豊富な人材を集めるための重要な要素となっていることがわかる。この点は、人手不足が問題視される熊本においても参考になる要素なのではないだろうか。

5. ポテンシャルのある領域への注力とインフラ等の早急な整備、産業育成エコシステム構築を目指す

以上を踏まえて①九州がTSMC進出の恩恵を最大限享受するために何をすべきか、②今後どのような九州地域に変化するべきか、について、その方向性を下記に示唆する。

① 九州がTSMC進出の恩恵を最大限享受するために何をすべきか

TSMCの熊本への進出は、九州が有するポテンシャルをきっかけとする。彼らの進出の効果を地域経済循環に落とし込む観点では、材料メーカー、設備メンテナンス系等にポテンシャルがあると整理した。進出の効果を最大化するにはこうした領域への注力(補助金・ファイナンス・技術支援等)に加え、交通インフラを筆頭とした諸課題への対処が必要不可欠である。

② 今後どのような九州地域に変化するべきか

台湾の産業育成エコシステムを参考にし、九州にとってポテンシャルのある領域、製造装置・材料や、後工程の新技術育成等を目的とした日本版産業エコシステム構築を目指すべきである。台湾は製造装置や材料・部品といった領域に関心が強く、彼らから需要があり、日本が強い分野での協業・研究であれば相互連携の可能性は高いと考える。
例えばプロセス、パッケージ領域の研究成果を産学共創で開発し、ベンチャーを作る事例・エコシステムを構築する。それを支えるプラットフォームとして、日本版新竹サイエンスパーク、それを核とするオープンイノベーションの仕組みを九州で構築することができれば、九州で産業が勃興し、豊富な人材も獲得できるだろう。

(注i)九州半導体・エレクトロニクスイノベーション協議会(2022年5月)「九州半導体関連企業サプライチェーンマップ」、岡野秀之(2023年3月)「シリコンアイランドの進化の系譜とイノベーション」産業学会研究年報 第38号
(注ii)(2023年4月)「九州における半導体産業とその未来」日本政策投資銀行九州支店
(注iii)半導体製造業における重要度として、個別産業の中間投入額/域内中間投入額より試算される、国内中間投入額構成比を利用。
(注iv)地域における産業集積度として、経済センサス等を用いて試算した域内調達可能率(≒域内の原材料等供給能力/域内において必要になる供給能力)を利用。
(注v)(2022年4月20日、12月28日)日経アジア
(注vi)(2024年2月1日閲覧)「台湾基礎データ」外務省HP
(注vii)佐藤 幸人(2000)「第2章 台湾の半導体産業における国家と社会」日本貿易振興会アジア経済研究所
(注viii)クリス・ミラー(2023)「半導体戦争」ダイヤモンド社
(注ix)日本貿易振興機構アジア経済研究所 上席主任調査研究員 川上桃子(2024年1月26日)「台湾総統選後の東アジア㊦」読売新聞 経済教室
(注x)佐藤 幸人(2000)「第2章 台湾の半導体産業における国家と社会」日本貿易振興会アジア経済研究所
(注xi)佐藤 幸人(2000)「第2章 台湾の半導体産業における国家と社会」日本貿易振興会アジア経済研究所

著者プロフィール

小野 敬一郎 (おの けいいちろう)

株式会社日本政策投資銀行九州支店企画調査課 副調査役

2019年3月慶應義塾大学経済学部卒。同年4月株式会社日本政策投資銀行入行、同行企業金融第3部小売・食品班、企業金融第4部航空・空港班において、投融資業務や航空機燃料(SAF)等に関する業界調査に従事。2022年4月より、同行九州支店企画調査課副調査役。
九州における産業調査等を担当し、レポート「九州における半導体産業とその未来」(2023年4月、日本政策投資銀行九州支店)の作成に従事。熊本県大津町企業連絡協議会会員研修や大手ゼネコンの社内講演会等において、九州半導体産業に関する講演の講師を務める。寄稿実績は以下の通り。ほくとう総研機関紙NETT「TSMCの進出から見るシリコンアイランド九州復活への挑戦」(2023年10月、第122号)等。