『日経研月報』特集より

プラスチック問題の解決と分散型社会の構築

2022年8月号

高田 秀重 (たかだ ひでしげ)

東京農工大学 教授

2022年3月の国連環境総会でプラスチック条約(法的拘束力のある国際約束)の交渉を開始する決議が行われた。プラスチック汚染の地球規模での広がりとその影響の深刻さを反映したものである。
私達が行っているInternational Pellet Watchという市民科学モニタリング(http://pelletwatch.org/)でも世界50ヵ国1000の海岸でマイクロプラスチック(5㎜以下のプラスチック)と関連化学物質による汚染を確認している。プラスチック汚染は生態系にも広がっている。プラスチックは600種以上の海洋生物の体内から見つかり、人間の血液中からもプラスチックと関連化学物質が検出され、脆弱な生物への影響も観測されている。このままでは、2040年にはプラスチック汚染レベルは現在の3倍化するという予測もある。
世界で発生しているプラスチック廃棄物3億5千万トンのうち収集・処理されているものは78%で、未収集のものの一部(数百万トン)が海へ流入している。プラスチックごみの収集体制を確立し、海洋へのプラスチックごみの流入を抑えることが急務である。集めたプラスチックごみを埋め立てると有害な添加剤や関連化学物質が浸み出し、地下水や河川を汚染する。例えば、1990年代までに東京西部の埋立処分場に埋め立てたプラスチックから浸み出してきた添加剤が、30年以上多摩川を上流から下流まで汚染している。埋立は将来に渡る負の遺産となり、持続可能な最終処分方法ではない。
石油から作られたプラスチックの焼却は、実質的な温室効果ガスの発生となる。さらに、ごみの焼却に伴いダイオキシンなどの有害化学物質が発生する。もちろん高性能な焼却炉を作れば、有害化学物質の発生は抑えることはできるが、焼却炉の建設には莫大な費用がかかり、高温でごみを焼却するため炉の寿命も短く30年程度であり、こちらも持続可能なオプションではない。
リサイクルについても、プラスチックという素材の特性から無限にリサイクルできるわけではなく、リサイクルするためにはエネルギーも必要であり、リサイクルも限定的である。世界的な汚染防止対策の解析によると、リサイクルの推進によるプラスチック汚染の低減効果は45%で、プラスチック消費の削減と素材代替(低減効果59%)に劣る。プラスチックの消費の削減が第一である。さらに、リサイクルしても飲食にプラスチックを使うということになると、消費者への微細プラスチックと添加剤の直接的曝露が続く。総合的に考えて、プラスチックは削減しなければならない。
パリ協定のもと、世界は脱化石燃料の方向に大きく舵を切った。2050年以降は化石燃料を燃やすことができない社会がくる。当然、化石燃料から作るプラスチックの生産もできなくなる。どうしても必要なプラスチックについては、化石燃料からではなくバイオマスから作る必要がある。しかし、現在大量に使っている石油ベースのプラスチックを全てバイオマスやバイオマスベースのプラスチックに置き換えれば、食糧生産の逼迫や森林破壊を招くので、プラスチック全体の生産量は大幅に減らしていく必要がある。目指すべき社会は、使い捨てから再使用への転換、金属など劣化しない素材をシェアしながら繰り返し使い、紙や木などのバイオマス素材を活用し、そのうえで医療分野などどうしても必要なプラスチックは、石油ベースからバイオマスベースに転換し、安全な添加剤を使い、可能な限り再利用・リサイクルを行なっていく社会である。
プラスチック問題の解決を素材の変革にのみ頼ることは無理である。社会の中でのものの造り方、回し方を変えていかなければ持続可能な社会は作れない。生鮮食料品や生活必需品をモノカルチャーで大量生産し、それをグローバルに輸送してきた経済の仕組みは短期的な経済効率がよかったが、感染症のアウトブレークや国際武力紛争などの危機に対して脆弱であり、持続可能ではない。長距離輸送では大量の包装資材が使われ、プラスチック汚染を招いてきた。過度なグローバル化から脱却し、流域内で物資が流通・循環する多様性のある分散型社会の中にプラスチック問題を位置づけた制度への変革が必要である。近距離での物資の輸送であれば、プラスチック包装を減らすことが可能であり、人々の信頼関係があれば個包装も不要となり、量り売りも促進される。液体物の輸送・販売から乾燥物や固形物の輸送・販売への切り替え、ループ(Loop:日用品や食品などの容器を回収・再利用する循環型ショッピングプラットフォーム)などのシェア容器のシステムの普及なども組み合わせるべき仕組みである。大量消費して汚れたプラスチックを高性能な焼却炉で燃やすより、バイオマス素材をゆっくり堆肥化し、堆肥は農業で再利用するような低エネルギー分散型の循環型社会、シェアやコモンズの考え方に基づき構造を変えていくことが望まれる。プラスチック条約の交渉が開始されたことは、プラスチック問題の解決には意識啓発やサプライチェーンの下流側の対策だけでは限界があることを意味している。上流側(生産・流通)での対策、すなわち素材の変更や物流の変革、社会経済の構造の変革が必要である。

著者プロフィール

高田 秀重 (たかだ ひでしげ)

東京農工大学 教授